治五左衛門

Ishizuka Farm

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家族写真
「治五左衛門」とても堅苦しい感じの屋号ですが、いたって普通の農家です。歴史は長く、私で十五代目(一番右のキャップの人)になります。両親と妻、長男、長女の6人家族です。父と私は収穫担当、母は出荷担当、妻はお客様係です。猫2ひきいます。
 
猫たち

 
現在は、だだちゃ豆の最盛期で収穫と出荷の作業をしています。
先日、私と妹で現在の畑の様子を撮影しました。どうぞご覧ください。
 
家庭で食べる野菜などもとても新鮮で美味しく育っています。
石塚寛一

石塚 寛一

イシヅカ ヒロカズ  Ishizuka Hirokazu


 枝豆農家「治五左衛門」じござえもん 十五代目
 
1975年生
山形県鶴岡市出身
 
羽黒高校(国際コース)在学中に米国留学(コロラド州ゴールデン高校)、その後、麗澤大学(国際経済学部)に進学。大学卒業後、外資系商社食品部で農産物の輸入販売に携わる。2001年より就農し、農業16年目。山形県立農業大学校研修課程修了。
 
活動と所属
ジュニア野菜ソムリエ、ごはんソムリエ、エダマメ研究会員、在来作物研究会員、日本地ビール協会員
 
生産物
エダマメ(だだちゃ豆、ぼんちゃ豆、秘伝豆、黒豆)など栽培、70%がギフトやお土産用として販売。その他、お米(つや姫、はえぬき、コシヒカリ、もち米)の栽培

石塚寛一よりご挨拶

私が「食」と「農」に興味をもったのは、17歳の時に初めて地元鶴岡市を離れ語学留学の為、アメリカコロラド州に住んだ時でした。それまで当たり前に食していた日本の野菜や魚介類が懐かしく感じ、とても美味しいものだという事に気付きました。
 
帰国して高校を卒業し、大学に進学する為に再び鶴岡を離れ、上京。年に数回帰郷した時に食べる山菜や在来野菜は香りがよく、芳醇で、また昔から食されている伝統食は味わい深く、注目されるべき材料や食文化が沢山あることに気が付きました。
 
ちょうどその頃、商社で海外の農産加工品の輸入に携わっていました。栽培される土壌や地域の気候によって、また、栽培する人の思いや食材に隠された様々な物語を知ることで、その食材が何倍にも美味しくなることを知りました。地元に戻り、自ら培し何かを発信しなければ!すぐに鶴岡に戻らねば!そんな焦りを感じサラリーマンをやめ家業である農業へ就農しました。
 
鶴岡は冬、雪で覆われてしまうため、露地で栽培する作物は一年に一度しか栽培できません。5年経ってもたった5回しか農業経験を積むことができないのです。いつになっても初心者でした。父から農業技術、栽培の感覚は学べるものの、経営については誰に聞いたら良いのかわからない状態。ただ時間だけが過ぎてゆく苛立ちと恐怖を感じました。父を超える情報を得ないと家の農業は衰退していく・・・まわりの農家も若手が少なく同じ状態。地域農業を活発にするためにどうしたいいのかと何年も喘いでいた気がします。
 
そんな中、肥料メーカーのテスト栽培や食品・植物研究に我が家の作物をサンプル提供することで新しい栽培技術や農業情報を得るチャンスに恵まれました。百貨店や通販会社のバイヤーやお客様に何度も足を運んだ事で今必要とされているものやこれからのトレンドにアンテナを立てられるようになりました。
 
今年で就農17年目になり、農業歴50年の農業の匠である父と、石塚ファーム「治五左衛門」は新たな目標を掲げたいと思います。我が家の主力農産物である「だだちゃ豆」においては県外・海外に発信するだけではなく、治五左ェ門のエダマメを食べに鶴岡に訪れたいと思ってもらえるくらいの「究極の枝豆」の地位まで押し上げたいと思います。これが地域に人を呼び込み、地域を活性化し、地域の食や観光に携わる人達にも波及する素材の一つになれば幸せだと思います。そのために必要な事は何なのか未だ詳細まで見えていません。ぜひ沢山の人からのご意見、アドバイスを頂きながら夢のある魅力的な農業を皆さんと一緒に作り上げていきたいと思います。
 
十五代目 石塚寛一